真っすぐな想いと行動力が、人の心をも動かす――。中京大中京高(愛知)の女子軟式野球部員と、野球用具メーカーのフィールドフォースが昨年、共同開発して完売した「簡易型更衣テント」。この再販に向けた大学生のアイデアが、スポーツの産学連携を推進する学会のコンペで2つの賞を独占した。受賞したのは同野球部OGで、中京大スポーツ科学部3年の前田汐帆理さん。高校では満足な野球生活を送れずも、プレゼンの「オンライン甲子園」で全国優勝。それから3年、女性アスリートの環境改善への変わらぬ想いが受賞作への引き金となり、再販も秒読み間近だという。前田さんの動向を中心に、一連を学童野球メディアが特報する。
(取材・文=大久保克哉)
(資料提供=中京大スポーツ科学部草薙ゼミ)
■日本スポーツ産業学会
【創設】1990年(平成2年)
【会員】正会員584人/学生会員118人/賛助会員13社/法人会員9社・1団体※2024年7月現在
【主な学会員】大学教授・大学院生ら研究者と大学生。スポーツや健康産業、宣伝・報道に関わる民間企業、プロスポーツ団体など
【主な活動】学会大会、学会誌発行、セミナー、コンペ、カンファレンスほか
【公式HP】https://spo-sun.gr.jp/
日本スポーツ産業学会「アイデアコンペ」口頭発表後の懇親会にて。中京大中京高の女子軟式野球部OGの中京大3年、前田さん(左から3番目)が2つの賞を独占した
スポーツを産業として発展させつつ、より豊かで、より多くのビジネスを創出することに寄与する。1990年に設立された「日本スポーツ産業学会」の研究の主眼は、おおよそそういったところか。
今でこそ違和感も生じないが、当初は風当たりも強かったという。非科学な根性論や常軌を逸した精神主導主義と、体育(スポーツ)を商いとすることへの表向きな嫌悪感。これらのピークは過ぎていたとはいえ、色濃く残る昭和末期から平成初期の時代も生きてきた中高年には、同学会の存在意義や貢献度をはかり知ることもできるだろう。
中京大の前田汐帆理さんの受賞は、同学会でのアイデアコンペの口頭発表によるもの。「スポーツ庁長官賞」と「スポーツ産業学会会長賞」の表彰2部門を独占した。ダブル受賞は歴代初で、企業や大学院生ではなく、大学生の受賞も珍しいことだという。
そもそも、最終ステージの口頭発表まで進むだけでも栄誉だ。数ある応募作品がまずは書類選考でふるいにかけられ、二次選考で15作品から絞られた5作品が発表の場へ。前田さんが大学で在籍するスポーツ科学部の草薙ゼミでは、8チームが同コンペに応募も、いずれも途中で選外に。前田さんの受賞作は、個人として企画・応募したものだったという。
それだけの“偉業”である。少し長くなるが作品名をノーカットで紹介しよう。
『女性アスリートの問題解決! “簡易型更衣テント”による女性スポーツ実践者の増加を目指した簡易型更衣テントの販促方法の実践!!!』
窮状や悲哀に始まり
「簡易型更衣テント」については、学童メディアが開設してすぐの昨年春に特報している(➡こちら)。
同商品の企画発案は、高校女子軟式野球部員として、窮状や悲哀を憂える中京大中京高(愛知)の有志たち。「環境をより良くすることから、女子野球の発展に貢献したい!」との熱い想いと、具体的で本気の取り組みが野球用具メーカーを動かした。そして意志を汲んだものが新商品(=下写真)として市場に登場し、完売している。
中京大の前田さんも同部のOGで、3年時の2021年には東海大会を制して全国出場を決めたものの、コロナ禍で全国大会は開催されず。新型コロナウイルスの蔓延で立ち消えた全国大会は、野球競技に限らない。
しかし、それは2020年のことで、翌21年は参加・観戦方法などを変更して大半が復活した。ところが、学生スポーツ界がその流れにあった中で、女子軟式野球の中高の全国大会は2年連続の中止。蚊帳の外に置かれてしまったのだった。
前田さんら当時の3年生部員は、その無念とエネルギーを「女子野球の発展」という前向きな想いへ転換。そしてそれをプレゼンという具体的な形へ落とし込み、「オンライン甲子園」で日本一に。そして卒業後も高校の後輩たちと連携し、フィールドフォース(FF社)のバックアップを受けて世に生んだのが「簡易型更衣テント」だった。
同商品の“売り”は、持ち運びも組み立ても簡単で、コンパクト(1辺2mの立方体)であること。そのため、場所を選ばずに女子選手も安心して着替えなどができる。また、「手間いらず」や「省スペース」は、FF社がメインとする自主練習用具の基本コンセプトとも重なっており、ユーザーに理解されるのも早かった。
こうして産学連携で生まれた同商品は、あっという間に在庫が尽く。だが、その後は円安の影響もあって、製造はストップしたまま。女子選手を取り巻く環境も大きな進展がなく、根本的な問題はほとんど解決していない。
大学3年生になった前田さんが、今回の産業学会のアイデアコンペに応募を決めたのは、そういう現実をより広く知ってもらうことが第一義だったという。
「自分自身が高校時代に感じていた不便さとかは、今もあまり変わっていない気がします。『女子なのに野球!?』とか言われない世界。性別に関係なく、誰でも自分らしく快適にスポーツができる世の中になってほしい」
前田さんは受賞者のみに与えられる1分間スピーチで、そのようなメッセージを発信。大きな拍手をもらったという。
「受賞してああいう内容を伝えられたらいいなと思って始めたことなので、実際にそれができてうれしかったです」
2本柱の研究とアイデア
受賞作の題材は「簡易型更衣テント」で、テーマはいかに再販へ漕ぎつけるか。活動や学びを伴うアイデアは、普及のための「販促案」と、利用者アンケートに基づく「リニューアル案」の2本柱。
販促においては、案を探っている段階で中京大の体育会女子アスリート部での使用決定など、成果もあった。利用者の声からは、酷暑の夏場の不満足度やリクエストに着目。構造・材質の一部変更や付属品による、テント内部の熱こもり対策案などをまとめた。
実務には、前田さんの企画趣旨に賛同するゼミ生2人も協力。最終的にパソコンソフトを使って、A4判11枚の応募作に仕上がった。
それが書類選考と二次選考を通過。迎えた大ホールでの口頭発表では、前田さんがマイクを握り、実際に「簡易型更衣テント」を組み立てるパフォーマンスなどをゼミ生がサポートした。人前で話すことを苦にしないという前田さんは、その夜の懇親会での表彰者発表前から手応えを感じていたという。
「私が発表をしているときに、審査員の方々の表情とか頷きとかが見えて、興味を持ってくれているなと感じました。また発表後の質疑応答の中で、審査員の方々から『購入より手軽なリースや共有という手もあるのでは!?』など、前向きで具体的なアドバイスをいただけたことも自信になりました」
再び動き出した山
さて、その前田さんから喜びと諸々の報告を受けたFF社。対応は早かった(※この記事は相当に遅れました…)。
当初から「簡易型更衣テント」に関わってきた企画開発部の小林夏希課長が、今回も陣頭指揮。前田さんや海外の工場ともミーティング(=上写真)を重ねながら、リニューアル版を製作。夏場の熱対策のアイデアを受けて、改良版は入り口を対面(従来は隣り合わせ)とし、風が通る構造に。これが一番大きな変更点だという。
「去年は中京大中京高の子たちが、弊社までプレゼンに来てくれました。それがあったから、私も前面に立てました。今回の改良も追加生産も、私とFF社だけではこんなにスピード感をもってやれなかったかもしれません。前田さんたちの熱い想いをまた形にしてあげて、女子スポーツを盛り上げる力に少しでもなれば」(小林課長)
再販は間近だ。最新の情報では、仕様変更ですでに生産に入っており、単体価格は税込み3万3000円。1月から市場に出る予定だという。
トップの吉村尚記社長も本気の乗り気だ。前田さんの受賞にも大いに刺激を受けたと語る。
「想いには、学生も大人もないし、その想いを伴う行動がやっぱり、人の心も動かすのかな、と。受賞の報告を受けて、率直にそう思いました。リニューアル版も心を込めて製作販売、宣伝させてもらいます」
中京大中京高の生徒はほぼ100%、中京大へ進学するが、キャンパスは一気に広くなり、学生の数も多様性も高校の比ではない。
大学では高校の部の同窓で固まるわけでもなく、野球を続けるも続けないも個人の判断に。前田さんは体育会のアメリカンフットボール部でマネジャーを務めている。そろそろ就職活動も本格化してくる時期。自身の身の振りは固まってきているのだろうか。
「今までスポーツを主として生きてきましたので、これからも関わりたいなとも思いますけど具体的には…。就活に入ってみると、スポーツ界は狭いなというか、新卒社員を毎年ばんばん受け入れるような業界ではないという現実が…。女性アスリートの活動環境も含めて、スポーツ界全体がもっと発展してほしいなと思っています」